大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成4年(行ツ)173号 判決

上告人

水野幹男

田原裕之

渥美雅康

渥美玲子

荻原剛

杉浦豊

長谷川一裕

田中哲夫

西尾弘美

竹内平

吉岡英子

若松英成

平松清志

久野正博

右一四名訴訟代理人弁護士

竹内浩史

新海聡

西野昭雄

杉浦龍至

杉浦英樹

浅井岩根

井口浩治

小川淳

佐久間信司

鈴木良明

滝田誠一

橋本修三

福島啓氏

山田秀樹

上告人

杉浦英樹

竹内浩史

新海聡

西野昭雄

杉浦龍至

右五名訴訟代理人弁護士

浅井岩根

井口浩治

小川淳

佐久間信司

鈴木良明

滝田誠一

橋本修三

福島啓氏

山田秀樹

上告人杉浦英樹訴訟代理人弁護士

竹内浩史

新海聡

西野昭雄

杉浦龍至

上告人竹内浩史訴訟代理人弁護士

新海聡

西野昭雄

杉浦龍至

杉浦英樹

上告人新海聡訴訟代理人弁護士

竹内浩史

西野昭雄

杉浦龍至

杉浦英樹

上告人西野昭雄訴訟代理人弁護士

竹内浩史

新海聡

杉浦龍至

杉浦英樹

上告人杉浦龍至訴訟代理人弁護士

竹内浩史

新海聡

西野昭雄

杉浦英樹

被上告人

愛知県選挙管理委員会

右代表者委員長

富岡健一

右訴訟代理人弁護士

大場民男

右指定代理人

荒川敦

外三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人兼上告代理人竹内浩史、同新海聡、同西野昭雄、同杉浦龍至、同杉浦英樹、上告代理人浅井岩根、同井口浩治、同小川淳、同佐久間信司、同鈴木良明、同滝田誠一、同橋本修三、同福島啓氏、同山田秀樹の上告理由について

一都道府県議会の議員の定数、選挙区及び選挙区への定数配分は、現行法上、次のとおり定められている。すなわち、都道府県の議会の議員の定数については、地方自治法九〇条一項により、その人口数に応じた定数の基準等が定められているが、同条三項によれば、右一項による定数は、条例で特にこれを減少することができるものとされている。そして、公職選挙法(以下「公選法」という。)は、都道府県議会の議員の選挙区は、郡市の区域によるものとし(同法一五条一項)、ただし、その区域の人口が当該都道府県の人口を当該都道府県議会の議員の定数をもって除して得た数(以下「議員一人当たりの人口」という。)の半数に達しないときは、条例で隣接する他の郡市の区域と合わせて一選挙区を設けなければならず(同条二項。以下「強制合区」という。)、その区域の人口が議員一人当たりの人口の半数以上であっても議員一人当たりの人口に達しないときは、条例で隣接する他の郡市の区域と合わせて一選挙区を設けることができるとしている(同条三項)。もっとも、強制合区については例外が認められており、昭和四一年一月一日当時において設けられていた選挙区については、当該区域の人口が議員一人当たりの人口の半数に達しなくなった場合においても、当分の間、条例で当該区域をもって一選挙区を設けることができるものとされている(同法二七一条二項。以下、この規定によって存置が認められた選挙区を「特例選挙区」という。)。このようにして定められた各選挙区において選挙すべき議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない(同法一五条七項本文)が、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができるとされている(同項ただし書)。

右の各規定からすれば、議員の法定数を減少するかどうか、特例選挙区を設けるかどうか、議員定数の配分に当たり人口比例の原則を修正するかどうかについては、都道府県の議会にこれらを決定する裁量権が原則として与えられていると解される。

二そこで、本件における議員定数配分の適否について検討する。

1  特例選挙区に関する公選法二七一条二項の規定は、社会の急激な工業化、産業化に伴い、農村部から都市部への人口の急激な変動が現れ始めた状況に対応したものであるが、また、郡市が、歴史的にも、政治的、経済的、社会的にも独自の実体を有し、一つの政治的まとまりを有する単位としてとらえ得ることに照らし、この地域的まとまりを尊重し、これを構成する住民の意思を都道府県政に反映させることが、市町村行政を補完しつつ、長期的展望に立った均衡のとれた行政施策を行うために必要であり、そのための地域代表を確保することが必要とされる場合があるという趣旨の下に、昭和四一年法律第七七号による公選法の改正により現行の規定となったものと解される。そして、具体的にいかなる場合に特例選挙区の設置が認められるかについては、客観的な基準が定められているわけではないから、結局、右のような公選法二七一条二項の規定の趣旨に照らして、当該都道府県の行政施策の遂行上当該地域からの代表を確保する必要性の有無・程度、隣接の郡市との合区の困難性の有無・程度等を総合判断して決することにならざるを得ないところ、それには当該都道府県の実情を考慮し、当該都道府県全体の調和ある発展を図るなどの観点からする政策的判断をも必要とすることが明らかである。したがって、特例選挙区の設置を適法なものとして是認し得るか否かは、この点に関する都道府県議会の判断が右のような観点からする裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するよりほかはない。もっとも、都道府県議会の議員の選挙区に関して公選法一五条一項ないし三項が規定しているところからすると、同法二七一条二項は、当該選挙区の人口を議員一人当たりの人口で除して得た数(以下「配当基数」という。)が0.5を著しく下回る場合には、特例選挙区の設置を認めない趣旨であると解されるから、このような場合には、特例選挙区の設置についての都道府県議会の判断は、合理的裁量の限界を超えているものと推定するのが相当である。以上は、当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和六三年(行ツ)第一七六号平成元年一二月一八日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二一三九頁、最高裁平成元年(行ツ)第一五号同年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二九七頁)。

そこで、愛知県議会議員の選挙区等に関する条例(昭和三八年愛知県条例第二号。以下「本件条例」という。)についてみるのに、原審の適法に確定するところによれば、(1) 平成三年四月七日施行の愛知県議会議員の選挙(以下「本件選挙」という。)当時の選挙区は五九であり、このうち南設楽郡、北設楽郡の二選挙区が特例選挙区とされ、各一人の定数が配分されていた、(2) 愛知県議会では、本件選挙に先立ち、特例選挙区の存廃も含めて本件条例の改正につき種々検討が続けられた結果、最終的には、右の二選挙区を特例選挙区として存置することを前提として、四増一減案(名古屋市緑区、稲沢市、半田市、春日井市の四選挙区の定数を各一名ずつ増員し、名古屋市中村区の定数を一名減ずるというもの)が可決成立して、本件条例が改正された(以下、右改正を「平成二年改正」という。)、(3) 南設楽郡は、愛知県の東端に位置し、その面積は同県の7.4パーセントを占める区域であり、北設楽郡は、愛知県の北東端に位置し、その面積は同県の12.7パーセントを占める区域であるところ、そのいずれもが標高五〇〇メートルから一〇〇〇メートル前後の山々を擁する山間地で、林業をその基幹産業としてきたが、木材関連産業の低迷のため、産業経済構造の根本的な転換が迫られているとともに、過疎化及び高齢化対策のための総合的かつ計画的な施策が求められている、(4) 平成二年の国勢調査の結果による右の二選挙区の配当基数は、南設楽郡選挙区が0.3116、北設楽郡選挙区が0.3122(右の配当基数の数値は、いずれも概数である。)であった、というのである。

右の事実関係によれば、愛知県議会は、南設楽郡及び北設楽郡の右のような地理的、経済的状況やその行政需要などに照らし特例選挙区設置の必要性を判断し、地域間の均衡を図るための諸般の要素を考慮した上で、これらを特例選挙区として存置することを決定したものと推認することができる。そして、南設楽郡、北設楽郡の二選挙区の配当基数は、いまだ特例選挙区の設置が許されない程度にまでは至っていないものというべきであり、他に、愛知県議会が、平成二年改正後の本件条例において右の二選挙区を特例選挙区として存置したことが社会通念上著しく不合理であることが明らかであると認めるべき事情もうかがわれないから、同議会が、右の二選挙区を特例選挙区として存置したことは、同議会に与えられた裁量権の合理的な行使として是認することができる。したがって、平成二年改正後においても本件条例が右の二選挙区を特例選挙区として存置したことは適法である。

2  次に、都道府県議会の議員の選挙に関し、当該都道府県の住民が、その選挙権の内容、すなわち投票価値においても平等に取り扱われるべきであることは憲法の要求するところであると解すべきであり、公選法一五条七項は、憲法の右要請を受け、都道府県議会の議員の定数配分につき、人口比例を最も重要かつ基本的な基準とし、各選挙人の投票価値が平等であるべきことを強く要求しているものと解される。もっとも、前記のような都道府県議会の議員の定数、選挙区及び選挙区への定数配分に関する現行法の定めからすれば、同じ定数一を配分された選挙区の中で、配当基数が0.5をわずかに上回る選挙区と配当基数が一をかなり上回る選挙区とを比較した場合には、右選挙区間における議員一人に対する人口の較差が一対三を超える場合も生じ得る。まして、特例選挙区を含めて比較したときには、右の較差が更に大きくなることは避けられないところである。また、公選法一五条七項ただし書は、特別の事情があるときは、各選挙区において選挙すべき議員の数を、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができるとしているところ、右ただし書の規定を適用していかなる事情の存するときに右の修正を加え得るか、また、どの程度の修正を加え得るかについて客観的基準が存するものでもない。したがって、議員定数の配分を定めた条例の規定(以下「定数配分規定」という。)が公選法一五条七項の規定に適合するかどうかについては、都道府県議会の具体的に定めるところが、右のような選挙制度の下における裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。しかし、定数配分規定の制定又はその改正により具体的に決定された定数配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の変動により右不平等が生じ、それが都道府県の議会において地域間の均衡を図るなどのため通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや都道府県の議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、公選法一五条七項違反と判断されざるを得ないものというべきである。以上は、当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和五八年(行ツ)第一一五号同五九年五月一七日第一小法廷判決・民集三八巻七号七二一頁、前掲各第一小法廷判決、最高裁平成二年(行ツ)第六四号同三年四月二三日第三小法廷判決・民集四五巻四号五五四頁)。

そこで、原審の適法に確定した事実に基づき、平成二年改正後の本件条例における定数配分の状況についてみるのに、本件選挙当時においては、特例選挙区を除いたその他の選挙区間における議員一人に対する人口の最大較差は一対2.89(名古屋市中区選挙区対西尾市選挙区。以下、較差に関する数値は、いずれも概数である。)、特例選挙区とその他の選挙区間における右最大較差は一対5.02(南設楽郡選挙区対西尾市選挙区)であり、いわゆる逆転現象は二二とおりあったというのである。そして、本件選挙当時における各選挙区の人口、配当基数は、原判決添付別表一のとおりであり、これに基づいて、配当基数に応じて定数を配分した人口比定数(公選法一五条七項本文の人口比例原則に基づいて配分した定数)を算出してみると、右人口比定数による特例選挙区を除くその他の選挙区間における議員一人に対する人口の最大較差は一対2.84(高浜市選挙区対西尾市選挙区)となり、特例選挙区とその他の選挙区間の議員一人に対する人口の最大較差は一対5.02(南設楽郡選挙区対西尾市選挙区)となることが計算上明らかである。そうしてみると、愛知県議会が公選法一五条七項ただし書を適用して本件条例の平成二年改正を行った結果、同項本文に従って議員定数を配分したとした場合と比較して、特例選挙区を除くその他の選挙区間における議員一人に対する人口の最大較差は、わずかに拡大しているものの、特例選挙区を含めた場合の議員一人に対する人口の最大較差に変動はなく、右の一対5.02という較差は、南設楽郡選挙区を特例選挙区として存置したこと(その存置が適法であることは、前記説示のとおりである。)に由来するものということができる。

公選法が定める前記のような都道府県議会の議員の選挙制度の下においては、本件選挙当時における右のような投票価値の不平等は、愛知県議会において地域間の均衡を図るために通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたものとはいえず、同議会に与えられた裁量権の合理的な行使として是認することができる。したがって、平成二年改正後の本件条例に係る定数配分規定は、公選法一五条七項に違反するものではなく、適法というべきである。

三所論は、更に、公選法二七一条二項、一五条二項、七項ただし書が、憲法一四条、九二条、九三条の趣旨に違反する旨を主張する。

本件選挙は、平成二年改正後の本件条例が定める選挙区及びこれに対する定数配分によって施行されたものであるから、論旨は、帰するところ、公選法の右規定に従って定められた平成二年改正後の本件条例が、憲法一四条、九二条、九三条の趣旨に違反する旨を主張するものというべきところ、前示のような特例選挙区に関する公選法二七一条二項の立法の趣旨、平成二年改正後の本件条例において前記二選挙区が特例選挙区として存置された理由、右二選挙区の配当基数、平成二年改正後の本件条例における各選挙区に対する定数配分によって生じる各選挙区間の議員一人に対する人口の較差等を総合すれば、平成二年改正後の本件条例において公選法二七一条二項の規定を適用して右二選挙区を特例選挙区として存置したことや、これを前提とする各選挙区に対する定数の配分が憲法一四条、九二条、九三条の趣旨に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁、最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁、最高裁平成三年(行ツ)第一一一号同五年一月二〇日大法廷判決・民集四七巻一号六七頁)の趣旨に照らして明らかであるということができる。

四結論

以上の次第であるから、本件請求を棄却した原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官藤島昭、同中島敏次郎の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官藤島昭の補足意見は、次のとおりである。

私は、平成二年改正後の本件条例に係る定数配分規定は、適法というべきであるとした多数意見に同調するものであるが、特例選挙区の設置の適否の判断基準及び特例選挙区とその他の選挙区間における議員一人に対する人口の較差と公選法一五条七項との関係について、若干意見を申し述べておきたい。

一  公選法によれば、都道府県の議会の議員の選挙区は、郡市の区域を単位とすることが原則となっているが(一五条一項)、配当基数が0.5未満の選挙区については、これを隣接する他の選挙区と合区しなければならず(一五条二項)、さらに、配当基数が0.5以上であっても一に満たない選挙区については、任意合区が認められている(一五条三項)。これらの規定は、各選挙区を通じて選挙人の投票価値の平等をできる限り実現することを目的としたものと考えられるのであって、その趣旨とするところに照らすならば、選挙区を合区するかどうかを決するに当たっては、当該選挙区の配当基数の数値が重要かつ基本的な要素となるということができよう。

他方、公選法が、都道府県の議会の議員の選挙区を原則として郡市を単位とするものとしているのは、住民の生活環境や地域感情等を背景として長年の間に形成されてきた郡市という行政区割ごとに議員の定数を配分することが、その地域の住民の利益にも合致し、そこで選出された議員を通じて当該郡市の住民の意向を行政施策に反映させることが、都道府県全体の発展にも寄与するという考え方に立っているからであると解される。このように考えると、合区をするということは、右のような意義を有する郡市を単位とする特定の選挙区の存続自体を否定することであるため、その影響するところは大きく、しかも、いわゆる過疎の選挙区の配当基数の低下が社会経済情勢の変化に伴う人口の急激な都市集中化の現象に起因することを考慮すれば、配当基数のみを唯一絶対の基準として合区をするかどうかを決することが必ずしも妥当でない場合もあり得よう。選挙区の面積の大小、生活環境、住民感情、交通事情、地理的状況等諸般の事情を考慮し、当該都道府県の行政施策の遂行上当該選挙区からの代表を確保する必要性の有無・程度、隣接の郡市との合区の困難性の有無・程度等を総合判断した上、当該都道府県全体の調和ある発展を図り、都道府県の住民全体の相互理解と利益増進を期するためには、配当基数が0.5未満の選挙区についてもあえて合区せず、独立の選挙区として存置させる必要がある場合もあり得るというべきである。これが、公選法二七一条二項が、配当基数0.5未満の選挙区についても、当分の間、公選法一五条二項の規定にかかわらず、特例選挙区として存置することを認めているゆえんであると解される。

二  特例選挙区を設けるかどうかについては、都道府県の議会にこれを決定する裁量権が与えられていると解されることは多数意見の説示するとおりであるが、以上に述べたように、配当基数は、選挙区を合区するかどうかを決するに当たっての重要かつ基本的な基準であり、これが0.5未満の選挙区については合区が原則とされていることからすれば、配当基数が0.5を著しく下回る選挙区を特例選挙区として存置することは許されず(最高裁昭和六三年(行ツ)第一七六号平成元年一二月一八日第一小法廷判決参照)、このような選挙区を特例選挙区として存置したときは、当該都道府県議会の判断は、合理的裁量の限界を超えているものと推定するのが相当である。したがって、この推定を覆すに足りる特段の事情が立証されない限り、当該選挙区を特例選挙区として存置したことは、違法というべきことになる。この0.5を著しく下回る数値とは、特例選挙区の設置を認めることが社会通念に照らして著しく合理性を欠くことが明らかな数値をいうものと解することができる。その数値を具体的に示すことは事柄の性質上難しいことではあるが、投票価値の平等の要求に譲歩を求めても、あえて過疎地域の郡市にその郡市を代表する一人の議員を確保し、当該議員を通して当該郡市の住民の意向を都道府県政に反映させることが相当であるとするためには、常識的にみて当該郡市に一定人数を超える住民が居住していることが必要であること、さらに、「著しく」という言葉自体を常識的に考察すれば、限界となるべき数値を想定することは必ずしも不可能ではないこと等を総合勘案すれば、当該選挙区の配当基数が0.5の二分の一(0.25)に満たない数値に至ったときは、社会の健全な常識に照らし、配当基数0.5を著しく下回るものと評価されてもやむを得ないと考える。したがって、配当基数0.25にも満たない郡市をもって独立の選挙区を設け、あるいは、それを存続させたとすれば、そのような当該都道府県議会の判断は、社会通念に照らして著しく合理性を欠くことが明らかなものということができよう。

この点につき、原判決は、配当基数一を基準として当該選挙区の配当基数がその三分の一以下の場合は、特別の事情の存するときを除き、これを特例選挙区として存置することは違法であると判示している。原判決が、配当基数三分の一以下という数値を特例選挙区の設置の適否に関する判断基準として挙げたのは、議員定数配分規定の違憲を理由とする衆議院議員選挙無効訴訟において、各選挙区の議員一人に対する人口の最大較差が一対三未満である具体的数値にとどまる場合につき、当該定数配分規定は違憲状態にない旨を判示した累次の最高裁判決の趣旨を念頭に置いたのではないかと推察される。しかし、右の衆議院議員選挙無効訴訟における最大較差とは、全国の各選挙区の人口を当該選挙区の議員の定数で除した議員一人に対する人口数を各選挙区ごとに比較した場合における、議員一人に対する人口の一番少ない選挙区と一番多い選挙区との数値の較差をいうものであり、特例選挙区の設置が許容される配当基数の限界値とは考え方を異にしている。右の衆議院議員選挙無効訴訟の直接の目的は各選挙区の人口数に応じてその議員の定数の増減を図ることにあるが、特例選挙区の設置の適否の問題は、特定の選挙区の存置を否定して合区すべきであるかどうかの問題なのである。したがって、右の衆議院議員選挙無効訴訟における最大較差の合憲性に関する考え方を、特例選挙区の設置の適否に関する判断に適用することは適当でない。また、原判決が前述した最高裁の累次の判決の趣旨とはかかわりなく、社会通念に照らし、当該選挙区の配当基数が三分の一以下になった場合には、これを特例選挙区として存置することは認められないという考え方をしているとすれば、この考え方に賛成し難いことは前述したとおりである。

三  そうすると、都道府県議会は、配当基数が0.25以上0.5未満の選挙区については、前記一に述べたような諸般の事情を総合判断して、これを特例選挙区として存置すべきかどうかを決定すべきことになる。右の総合判断を行うに当たっては、当該都道府県全体の調和ある発展を図る等の観点からの政策的考慮を必要とするものであるから、その結果、都道府県議会が特例選挙区を設置する必要性を認めてこれを設置したときは、その判断は、原則的には裁量権の合理的行使として尊重されるべきであり、裁判所は裁量権の濫用の有無という観点から、その判断の適否を審査すれば足りると考える。

四  平成二年改正後の本件条例は、南設楽郡及び北設楽郡の二選挙区を特例選挙区として存置しているので、この点に関する愛知県議会の裁量権行使の適否について検討するのに、平成三年四月七日の本件選挙施行当時における右の二選挙区の配当基数は、南設楽郡選挙区が0.3116、北設楽郡選挙区が0.3122であって、いずれも0.25を上回っているので、愛知県議会においては、前述した諸事情を総合判断して、右二選挙区を特例選挙区として存置すべきかどうかを決定すべきことになる。そして、原審の適法に確定した事実関係によれば、この点に関する愛知県議会の判断は、前記の諸事情を総合した上で、政策的考慮の下にされたものというべきであって、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があったとは認められず、また、特例選挙区制度の趣旨、目的からみて考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべき事項を考慮したというような事情はうかがわれないので、その判断が社会通念に照らして著しく合理性を欠くことが明らかなものとはいえないと考えられる。したがって、愛知県議会が、右の二選挙区を特例選挙区として存置したことについては、裁量権の濫用はなく、同議会の右判断は、裁量権の合理的な行使として是認することができる。

五  最後に、以上のように適法に特例選挙区が設けられた場合における、当該特例選挙区と他の選挙区との議員一人に対する人口の最大較差と公選法一五条七項との関係について言及しておきたい。

特例選挙区の制度は、配当基数0.5未満の選挙区を強制合区することなく独立の選挙区として存置し、これに定数一を配分するものであるため、他の選挙区との間で議員一人に対する人口数を比較した場合、通常は、そこに三倍を超えるような較差が生じ、特例選挙区の選挙人の投票価値が格段に高くなることは自明の理である。このような較差は、公選法二七一条二項が特例選挙区の制度を認めたことに伴って、必然的に生じる較差というべきであって、そのことから直ちに定数配分規定が違法となるものではない。公選法二七一条二項の規定は、昭和四一年法律第七七号による改正によって現行の規定となり、同法一五条七項ただし書の規定は、その後、同四四年法律第二号によって追加されたものであることを考えると、同法一五条七項ただし書は、同法二七一条二項の規定により特例選挙区が設置された場合、右のような較差が生じることを当然の前提とする規定ということができよう。このような見地からすると、都道府県議会が公選法一五条七項ただし書を適用して定めた定数配分規定の適否を検討するに当たって、特例選挙区と他の選挙区との間に生じる議員一人に対する人口の較差を問題にすることは当を得ない。特例選挙区の問題は、専らその設置が公選法二七一条二項によって許容されるかどうか、換言すれば、投票価値の平等の要求に譲歩を求めてもあえて当該郡市の代表者を確保することが、当該都道府県の行政施策を遂行する上で必要であるかどうかの問題に帰着するものというべきであり、特例選挙区の設置が適法であるとされた以上、選挙人の投票価値の平等を図るという観点から各選挙区の議員定数の増減の適否を検討する論議に、既に投票価値の平等の要求の譲歩の下に議員定数一を配分した特例選挙区と他の選挙区との間の議員一人に対する人口の較差を持ち出すこと自体、論理的に矛盾しているといわざるを得ない。選挙人の投票価値の平等の問題は、特例選挙区を除いた選挙区間において論じられるべきものであると考える。

裁判官中島敏次郎の補足意見は、次のとおりである。

私は、特例選挙区の設置については、各都道府県ないし郡市の実情を考慮した都道府県議会の政策的な判断にゆだねるべきところが少なくなく、裁判所としては、具体的な特例選挙区の設置に関する都道府県議会の裁量的判断を尊重せざるを得ないことを前提とし、本件選挙当時において、愛知県議会が南設楽郡選挙区及び北設楽郡選挙区を特例選挙区として存置していたことが、その裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるとまでは断定し難く、したがって、その存置を適法であるとした多数意見に同調するものであるが、特例選挙区の存置に関する私の基本的な考え方について、若干意見を述べておきたい。

一  都道府県議会の議員の選挙区について公選法が定めるところは、選挙区は、郡市の区域によることとするが(同法一五条一項)、その人口が議員一人当たりの人口(当該都道府県の人口を当該都道府県の議員の定数で除して得た数)の半数に達しないときは、隣接する他の郡市の区域と合わせて一選挙区を設ける(同法一五条二項。いわゆる強制合区)ことをもって原則とするというものである。これに対し、特例選挙区の制度(同法二七一条二項)は、人口の急激な異動、地域の急激な過疎化の現象を背景とし、郡市に係る歴史的経緯や地域的まとまりを尊重し、地域代表を確保することの必要性を考慮して認められた制度であり、特例選挙区の設置は、右の強制合区の原則に対する例外的措置として、同法二七一条二項に明示されているとおり「当分の間」に限り、強制合区の要請を緩和して認められるものである。その点で特例選挙区の制度は、例外的、経過的、暫定的制度たるの基本的性格を有するものであり、個々の特例選挙区の存続の適否は、かかる基本的認識に立って検討されるべきものであり、軽々にその存続を当然視すべきものではないと考える。また、右にいう「当分の間」の意味するところとして注意すべきは、これが、すべての特例選挙区の存続を一般的制度として「当分の間」認めるという趣旨ではなく、昭和四一年一月一日当時において設けられていた個々の選挙区の個別具体的事情に照らして、配当基数が0.5を割った場合にも直ちに強制合区の原則によることはしないという趣旨において、個々の特例選挙区の設置をその事情のいかんにより「当分の間」に限り認めることを意味するものと考えるのが相当であることである。

二  以上のとおり、特例選挙区の設置は、配当基数が0.5を割る場合は強制合区をしなければならないとの公選法の原則に対する例外的、経過的、暫定的な措置であり、しかも、その設置を認めた場合には、特例選挙区とその他の選挙区との間における選挙人の投票価値にかなり大きな不平等状態が生じることにかんがみれば、都道府県議会において特例選挙区の設置を決定するに当たっては、当該都道府県の行政施策の遂行上当該地域からの代表を確保する必要性の有無・程度、隣接の郡市との合区の困難性の有無・程度等を慎重に検討し、投票価値の平等の要請を譲歩させてもなお、このような例外的処理をすることが必要かつ合理的であると判断されることを要するものというべきである。そして、どのような場合に、特例選挙区の設置に関する都道府県議会の判断がその合理的裁量の限界を超えているものと判断されるかについては、当該郡市及びその属する都道府県の行政施策遂行にかかわる個別具体的な事情に照らしてこれを総合判断すべきものであって、事柄の性質上、すべての特例選挙区を通ずる一律の数的な基準を示すことは困難でもあり、また適切でもないと考える。特例選挙区の設置を決定するに際して、当該選挙区の配当基数は、選挙人の投票価値にかかわる重要かつ基本的な考慮要素であるから、当該選挙区の配当基数が0.5を著しく下回る場合には、そのこと自体からして、当該特例選挙区の設置は、都道府県議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定されることは多数意見の説示するとおりであるが、都道府県議会の判断がその合理的裁量の限界を超えていると判断されるのは、この場合に限られるものではない。当該選挙区の配当基数が0.5をかなりの程度下回り、その状態が長期化、固定化しているにもかかわらず、都道府県議会が、当該地域からの代表確保の必要性の有無・程度のみならず、隣接の郡市との合区の困難性の有無・程度について個別具体的に十分な検討を尽くして特例選挙区の存続の合理性につき納得し得る理由を示すことなく、単に当該選挙区が昭和四一年一月一日当時に設けられていたものであり、これを合区することは当該郡市の住民感情にそぐわないなどとして、安易にその存置を続けるようなときは、前示のような特例選挙区の基本的性格にかんがみ、当該都道府県議会の判断は、その裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるとされる余地があると考える。

なお、衆議院議員選挙無効訴訟における投票価値の不平等状態の合憲性の判断については、これが全国のすべての選挙区を通じて議員一人に対する人口が一番少ない選挙区と一番多い選挙区との間における投票価値の数的不平等状態を問題とするものであるから、全国を通じて統一的な数的基準を示すことができると考えられるのであるが、特例選挙区の設置の適否の問題は、ある郡市の人口がその属する都道府県の議員一人当たりの人口の半数に達しなくなったときに、どのような個別具体的な事情があれば、当該郡市を隣接する他の郡市の区域と合区することなく一の選挙区としての存続を認め、これに議員定数一を配分することが許容されるかという問題であるから、衆議院議員選挙無効訴訟におけると同様に考えることはできないものといわざるを得ない。

三  これを本件についてみるのに、原審の適法に確定したところによれば、南北の両設楽郡では過疎化の進行が続き、その配当基数は、本件選挙当時において、南設楽郡選挙区が0.3116、北設楽郡選挙区が0.3122に至っていたというのであって、しかも、本件選挙当時、南設楽郡選挙区の配当基数が全国の各都道府県において設置された特例選挙区の各配当基数の最低値である事実は公知のところである。右の各事実によれば、南北の両設楽郡選挙区の配当基数は0.5をかなりの程度下回り、全国的にみても最低の水準にあるのであって、その過疎化は長期化、固定化しているものとみるべきであろう。したがって、今後の問題としては、愛知県議会が、右の二選挙区につき、合区の困難性の有無・程度を十分に検討することなく、安易にその存置を続けているという事態になったときには、右の両郡が、過疎化、高齢化対策のための総合的かつ計画的な施策を必要とする行政需要の高い地域であって、地域代表を確保する必要性が比較的高い地域であることを考慮に入れてもなお、その各区域をもってそれぞれ独立の特例選挙区として存続させることが、同議会の裁量権の範囲を逸脱し、著しく不合理であると判断すべき余地があると考える。

四  最後に、特例選挙区の存置が認められた場合の各選挙区間における議員一人に対する人口の較差の許容性についても若干言及しておきたい。

多数意見も指摘するように、特例選挙区の存置が認められれば、配当基数が0.5を下回る選挙区に議員定数一を配分するのであるから、特例選挙区と当該都道府県の他の選挙区との間で議員一人に対する人口数を比較すれば、通常は三倍を超えるような較差が生ずることは自明の理であり、このような較差は、公選法二七一条二項に基づき特例選挙区の存置が許容されたことの必然的な結果であるといわなければならない。この点においても、衆議院議員の定数配分規定におけるのと同様に、各選挙区間における議員一人に対する人口の較差の許容限度について一対三未満というような基準を採用して、特例選挙区を有する都道府県議会議員選挙の適法性について判断をすることは相当ではないものというべきである。

(裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官藤島昭 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)

上告人兼上告代理人竹内浩史、同新海聡、同西野昭雄、同杉浦龍至、同杉浦英樹、上告代理人浅井岩根、同井口浩治、同小川淳、同佐久間信司、同鈴木良明、同滝田誠一、同橋本修三、同福島啓氏、同山田秀樹の上告理由

第一点 原判決は、選挙無効訴訟について事情判決を採用した点において、憲法九八条一項及び公職選挙法二一九条一項の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 憲法九八条一項は、「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」と規定している。

そして、公職選挙法二一九条一項は、議会制民主主義のもとでの選挙訴訟には極めて強い公共性があるので、違法な選挙は事情のいかんを問わず無効とすることが常に公共の利益に適合するとの立法府の判断に基づいて、行政事件訴訟法三一条一項(事情判決)の準用を明文をもって排斥しているものである。

それらの趣旨は、議員定数配分の違憲違法を理由とする選挙無効訴訟(定数訴訟)においても貫かれねばならないし、右違憲違法の重大性に鑑みれば、むしろ一般の選挙訴訟にも増して一層貫徹されなければならないと言える。

二 ところが、最高裁判例は、昭和四七年衆院選に対する昭和五一年四月一四日大法廷判決(民集三〇巻三号二二三頁)以来、「行政事件訴訟法三一条一項に示された一般的な法の基本原則」即ち「事情判決の法理」と呼ぶものを援用し、定数訴訟においては例外なく事情判決を繰り返し、結局は議会による抜本的是正を先送りさせてしまう結果となってきた。

右大法廷判決には、定数訴訟においても事情判決を採用すべきでなく、憲法九八条一項及び公職選挙法二一九条一項を遵守し選挙無効請求を認容すべきであるとする岡原・下田・江里口・大塚・吉田の五名の裁判官の反対意見が付されている。

その理由の主な部分を引用すると、「本件選挙を無効とする判決は、千葉県第一区選出の議員の資格を将来に向って失わせる効力をもつだけであって、他の選挙区選出の議員の資格に効力を及ぼすものではない。」「残りの議員だけでは衆議院の定足数を欠く可能性があるという具体的事情が本件訴訟において明らかにされない以上、衆議院の活動が法律上不可能になる虞れがあるとはいえない。また、衆議院の活動が選挙を無効とされた千葉県第一区からの選出議員を得ることができないままの状態で行わざるをえないことは、憲法上望ましい姿ではないが、これを異常な事態として、そのためにも本件選挙を無効とすべきではないとする多数意見は当をえない」というものである。

「ジュリスト」の今年六月一五日号(一〇〇三号)には、元最高裁長官岡原昌男氏の論文「投票価値平等の理論―いわゆる定数是正の理論」が掲載されているが、これは右反対意見の立場を再確認したものである。

また、原審判決直後に地元の朝日新聞に掲載された投書の一例を別紙に引用添付するが、このように「違法な選挙がなぜ有効か」という素朴な疑問こそ、一般国民にとっては常識的なものであろう。

最高裁におかれては、定数訴訟を認めた原点に立ち返り、事情判決に関する従来の判例を見直し、変更されるべきである。

第二点 原判決は、本件のような地方議会の定数訴訟に対してまで事情判決を採用した点において、「事情判決の法理」の適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 最高裁判例が採用している「事情判決の法理」といえども、定数訴訟に対しては常に事情判決にとどめるべきだというものではなく、個別事案における諸般の事情を考慮した上で、選挙無効判決か事情判決かを選択すべきであるという立場と解される。

まず、昭和五五年衆院選に対する昭和五八年一一月七日大法廷判決(民集三七巻九号一二四三頁)において、団藤・中村・木戸口の三裁判官の個別意見がその趣旨を明言している。

団藤意見は、「もし将来において、選挙を無効とすることによって生じるであろう憲法上の不都合よりも、選挙権の平等の侵害という憲法上の不都合の方が上回るような事態が生ずるにいたったときは、もはや選挙の違法を宣言するにとどめることなく、選挙無効の判決をしなければならなくなるのは、当然の理であろう。」と述べている。

中村意見は、「事情判決の法理は、元来、個々の具体的事案に即し、一方において当該違法な処分等による権利侵害の性質、内容、程度及びこれに対する救済ないし是正の必要性その他の事情と、他方において右処分等を失効させることによって生ずべき公の不利益の性質、内容、程度等とを対比し、両者を比較衡量して後者が前者に優越すると認められる場合に初めて右処分等を失効させる判決を差し控えるべきであるとするものであって、当然に個別的判断を要求するものである。………具体的事情のいかんによっては、衡量の結果が逆になり、当該選挙を無効とする判決がされる可能性が存することは、当然にこれを認めているものと解されるのである。」と敷衍している。

木戸口意見も、「選挙権の平等に対する侵害が看過することのできない程度に至っているとして右選挙が無効とされる可能性は否定されるものでないことは言うまでもない」としている。

そして、昭和五八年衆院選に対する昭和六〇年七月一七日大法廷判決(民集三九巻五号一一〇〇頁)は、法廷意見としてもこの点を一層明確にし、「諸般の事情を総合考察」して「事情判決の法理」の適用の可否を判断すべきであると述べ、事案によっては選挙無効判決をする可能性を肯定している。

右判決における谷口反対意見は、右事案の判断としても選挙無効判決をすべきとの内容であった。

以上の点は、地方議会の定数訴訟についても同様であって、例えば、都道府県議会の定数訴訟に対する最高裁の最初の判断である、昭和五六年東京都議会選挙に対する昭和五九年五月一七日判決(民集三八巻七号七二一頁)においても、「定数配分の違憲、違法を理由として選挙を無効とする判決がなされたときは、これに従い、議会において速やかに違憲、違法の定数配分規定を改正した上、選挙管理委員会において改正規定に基づく適法な選挙を施行すべきが当然である。」と述べ、進んで定数訴訟における選挙無効判決の効力について明言している。

二 以上のように、当該事案毎に具体的な比較衡量を行うという立場にたてば、地方議会議員選挙と国会議員選挙との間には大きな差異が存在することに留意すべきである。

憲法九三条二項は地方公共団体の議会の議員と並んで長の住民による直接公選を規定している。すなわち国民代表たる性格を独占し、国権の最高機関と規定される議院内閣制下における国会のあり方と、住民代表たる性格を首長と分有する地方議会のあり方とはその構造上大きな相違がある。主権者国民を直接に代表し、内閣の存立基盤である国会の議員の選挙を無効とするには慎重な態度が必要とされるとしても、地方公共団体においては議会選挙が無効とされても住民代表たる性格を有する首長がそれとはかかわりなしに存続し続けるという点は、「事情判決の法理」適用の際の比較衡量において国会議員選挙の場合とは異なる重要な差異と考えられるのである(和田進「地方議会議員選挙における定数配分不均衡訴訟」ジュリスト八二〇号六〇頁など参照)。

三 原判決は、選挙無効の判決をしない理由としては、前記昭和六〇年七月一七日大法廷判決などと同様に、専ら、「定数配分規定の改正を含むその後の議会の活動が選挙を無効とされた選挙区からの選出議員を欠いた状態で行わざるを得ないという異常事態を招くこととなるから」という点のみを挙げている。

しかし、このような理由では、定数訴訟は常に事情判決とならざるを得ない。

また、右の「異常事態」は、「選挙を無効とするがその効果は一定期間経過後に初めて発生するという内容の判決」(一種の将来効判決)をすることにより回避することができるのであって、このような判決をなし得ることは、右昭和六〇年七月一七日大法廷判決における寺田・木下・伊藤・矢口及び木戸口の五裁判官の補足意見が述べているとおりである。

特に、寺田・木下・伊藤・矢口共同補足意見は、そのような判決も可能な理由について、「けだし、議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効訴訟(以下「定数訴訟」という。)は、公職選挙法二〇四条所定の選挙無効訴訟の形式を借りて提起することを認めることとされているにすぎないものであって(昭和五一年大法廷判決参照)、これと全く性質を同じくするものではなく、本件の多数意見において説示するとおり、その判決についてもこれと別個に解すべき面があるのであり、定数訴訟の判決の内容は、憲法によって司法権にゆだねられた範囲内において、右訴訟を認めた目的と必要に即して、裁判所がこれを定めることができるものと考えられるからである。」と敷衍している。

四 なお、原判決は、「他方、弁論の全趣旨によれば、愛知県議会において、特例選挙区の廃止を前提とした定数是正問題を自律的に解決することも十分に期待し得るものと認められる」としているが、遺憾ながら、原判決の前後を通じて愛知県議会における定数是正作業は進展しておらず、右のように期待できる根拠は全く無いと言わざるを得ない。

第三点 原判決は、本件訴訟の対象選挙区全部について、個別事情のいかんを問わずに事情判決を採用し、とりわけ、全県で(それどころか「全国で」と言ってもよい)一票の価値が最も軽く、かつ既に現職の県議が不在となっている西尾市選挙区等についてまでも安易に事情判決を採用した点において、「事情判決の法理」の適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 前記のとおり、最高裁判例も、事情判決の採否の判断に当たっては「諸般の事情を総合考察」すべきとしており、考慮要素の一つとして「選挙当時の選挙区間における議員一人当たりの選挙人数(又は人口)の較差の程度」を挙げている。

本件愛知県議会の事案においては、「一票の格差」は全国の都道府県議会で最悪の5.02倍にも達しており、全国で一番目と二番目に配当基数が低い特例選挙区が存置されているのである(原審における調査嘱託に対する回答に基づいて作成した甲第六八号証を参照。なお、これと東京都議会事務局作成の最新資料に基づいて新たに作成した一覧表を別紙として添付する)。

このような全体の格差の著しさも十分考慮されるべきであるし、また選挙区別に見ても、本件対象選挙区のうち、特に、一票の価値が最も軽い西尾市(5.02倍)をはじめ、特例選挙区として存置を許されないと判断された最小人口選挙区の南設楽郡との間で三倍を超えており明らかな「違法格差」を生じている岡崎市(4.04倍)、名古屋市名東区(4.02倍)、同東区(3.64倍)、同天白区(3.55倍)、同熱田区(3.47倍)、同緑区(3.14倍)などについては、無効判決に踏み切られるべきである(原判決別表一の指数①欄参照)。

これまでの判例は、定数配分の違憲違法について、全体が密接不可分一体とする「不可分説」を採用してきたためか、事情判決の採否を選挙区ごとに個別具体的に検討することをして来なかった。

しかし、違憲違法の程度が著しい選挙区についてのみ無効判決をすることは、決して「不可分説」と矛盾するものではなく、むしろ前記のような比較衡量論からすれば当然のことと考えられる。

ちなみに、前記昭和六〇年七月一七日大法廷判決における谷口反対意見も、「不可分説」に立ちながら、右のような一部の選挙区のみについて選挙無効判決をすることを肯定したものである。

二 なお、西尾市選挙区(定数一)については、当選した川上万一郎県議が本件選挙から三か月経過後の平成三年七月一九日に辞職しているが、選挙無効訴訟係属中の補欠選挙を禁止した公職選挙法三四条三項のため、今日まで補欠選挙が行われず、空席のままとなっている。

この事実は、愛知県内においては繰り返し広く報道され(一例として新聞記事を別紙添付する)、公知の事実となっていたし、現に、原審の平成三年(行ケ)第二号事件原告のうち西尾市選挙区の原告五名は、右辞職を理由として訴えを取り下げている。

即ち、原判決が心配した「無効とされた選挙区からの選出議員を欠いた状態」は、西尾市選挙区に関する限り、事情判決によって救済するまでもなく、既に発生しているのであり、原審はこの重要な事実を看過したものである。

このような場合にまで、本来の原則である選挙無効判決を回避して、事情判決をすべき理由があるとは到底考えられない。

もし、原審の事情判決が確定すれば、既に一年以上もの長期にわたり県議不在という犠牲を払ってまで定数訴訟を維持遂行してきたのにもかかわらず、結局は定数一のままで補欠選挙を行わざるを得ないことになるが、選挙無効判決によるならば、定数二に是正した上で、前記最高裁昭和五九年五月一七日判決が述べるような適法な再選挙を行うべきことになる。

右のいずれが適切かは、言うまでもないであろう。

本件は、一票の価値が全国で最も軽い選挙区が、既に県議が不在となっているという特別な事案であって、定数訴訟においては初めての選挙無効判決が下されるにふさわしい事案であることを確信するものである。

結語 以上いずれの点からしても、事情判決を採用した原判決は違憲又は違法であり、全部破棄された上、上告人の請求全部が認容されるべきものである。

なお、二倍、三倍以上の一票の格差を容認する公職選挙法二七一条二項(特例選挙区規定)及び同法一五条二項(強制合区規定)、人口比例原則のなし崩し的例外を容認する同法一五条七項但書は、それら自体がいずれも憲法違反である。

このことについては、上告理由書(二)以下で、さらに敷衍して主張する。

右のように、本上告理由においては、法律の規定自体の違憲性を明確に主張しているものであり、最高裁(大法廷)において公職選挙法の右各規定に対し憲法判断を加えた先例は存しない。

よって、本件は、これまでの都道府県議会の定数訴訟の先例とは異なり、裁判所法一〇条一、二号に従い、大法廷に回付された上で裁判されるべきものであることを、念のため指摘させて戴くものである。

(添付新聞記事省略)

別紙〈省略〉

上告人兼上告代理人西野昭雄の上告理由

原判決は、本件定数配分規定において公選法一五条七項ただし書が適用されていると認められるところ、右ただし書の適用自体は愛知県議会に与えられた裁量権の合理的な行使として是認することができる旨判示している(A―四一丁裏一行目から四二丁表五行目までのかっこ書)が、以下の理由から右判断には不服がある。

一、公選法一五条七項ただし書の違憲性

1 憲法一四条一項は、都道府県議会の議員の選挙に関し、その住民が選挙権行使の資格において平等に扱われるべきであるとともに、選挙権の内容、すなわち投票価値においても平等に扱われるべきであることを要求しており、この要請を踏まえ公選法一五条七項は、地方公共団体の議会が、その議員定数配分を定めるに当たっては、人口比例の原則をもっとも重要かつ基本的な基準とし、各選挙人の投票価値が平等であるべきことを強く要求しているものである。

2 そして、憲法九二条が定める「地方自治の本旨」のうち、住民自治の原則を受けて、憲法には地方議会議員の選挙については国会議員の選挙と異なり、直接選挙によることおよび地方公共団体の長やその外の吏員が住民の直接選挙によって選出されることが定められ(九三条二項)、特別法の住民投票制度(九五条)が規定されているのであって、憲法は地方の政治が国の政治以上に直接民主制的に運営されることを要求している。その結果、地方公共団体の機関には、国の場合より直接民主制の側面が強くあらわれるのである。

この原理は、地方自治の代表民主制の根幹をなす機関においては、全住民の意思が平等に反映されるべき制度の実現を要請するのであり、都道府県議会の議員の選挙については、人口比例の原則を貫徹することが憲法上厳格に要求するものである。

3 しかるに、公選法一五条七項ただし書は、特別の事情のあるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができるとして、非人口的要素によって議員定数に格差を設けることを定めている。この規定は、地方議会が条例によって恣意的に議員定数を定めることを許容し、人口の多い選挙区の方が人口の少ない選挙区よりも定数が少ないといういわゆる逆転現象を生み出す原因となっている。

したがって、公選法一五条七項ただし書は、投票価値の平等を厳格に定めた憲法一四条一項、九二条に違反するものである。

4 よって、原判決は、憲法に違反する公選法一五条七項ただし書が本件定数配分規定に適用されていることを看過し、特例選挙区を除けば三倍に近い投票価値の最大較差が生じていること及び多くの逆転現象が存在していることを漫然と是認するものであるので、ここに憲法解釈の誤りが認められる。

5 なお、本件選挙の効力について付言すれば、本件定数配分規定は違憲の公選法一五条七項ただし書を受けて制定され、さらに右条例によって本件選挙がなされたのであるから、本件選挙は全体として違憲の選挙である。

一方、憲法九八条一項は「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」と定めているのであるから、違憲の本件選挙は憲法九八条一項によって無効と言うべきである。

二 百歩譲って、公選法一五条七項ただし書が憲法に違反しないとしても、原判決は、軽々に愛知県議会の裁量権の行使を合理的なものとして是認した点において、公選法一五条七項の解釈を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

1 「特別の事情」の認定の欠如

公選法一五条七項ただし書は、「特別の事情」がある場合に限定して人口比例の原則の例外を認めている。

しかしながら、原判決は「特別の事情」の存在を何ら具体的に認定することなく、公選法一五条七項ただし書の適用を漫然と是認している。

また被告も、原審において「特別の事情」の存在を主張立証していない。

2 一般的合理性の基準

ところで、原判決は、「議員定数の配分を定めた条例の規定が公選法一五条七項の規定に適合するかどうかについては、都道府県議会の具体的に定めるところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。したがって、定数配分規定の制定又はその改正により具体的に決定された定数配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の変動により右不平等が生じ、それが都道府県議会において地域間の均衡を図るため通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや都道府県議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、公選法一五条七項違反と判断されざるを得ないものというべきである。」と判示している。

右基準は、昭和四七年の衆院選に対する昭和五一年四月一四日最高裁大法廷判決以来国会議員の定数訴訟について確立されてきた考え方(一般的合理性の基準)であって、その後都道府県議会議員の定数訴訟の判決にも導入されたものであり、昭和六二年の千葉県、兵庫県、岡山県の各県議選に対する平成元年一二月の三件の最高裁判決の採用するところとなったものである。

3 しかしながら、右一般的合理性の基準には次のような問題点がある。

(一) 右基準は地方議会に選挙区別の議員定数を決定する広汎な裁量権を認めているものであり、「特別の事情」の存在を条件とする公選法一五条七項ただし書の解釈を誤ったものである。

(二) また、右基準はそもそも国会議員の定数配分の合憲性を判定するものであったところ、地方議会の場合には、その定数配分規定が公選法一五条七項が適合するかいなかという合法性判定基準に過ぎないものである。

その結果、右基準は公選法の各規定を前提としたものとなり、とりわけ三倍程度の較差を容認している公選法一五条二項を受けて、較差が三倍程度であれば適法との判断を導くこととなる。

本来投票価値の平等は憲法の要請であるから、公選法の各規定の合憲性を前提とする基準で地方議会議員選挙における投票価値の平等を判断することは許されないはずである。

4 よって、右一般的合理性の基準を採用し、何ら「特別の事情」の存在を認定せずして公選法一五条七項ただし書の適用を是認した原判決には、同項ただし書の解釈を誤った違法がある。

5 また、仮に右一般的合理性の基準が妥当なものであるとしても、原判決は左記の点を看過して公選法一五条七項ただし書の適用を是認しており、同項の解釈を誤った違法がある。

① 平成二年国勢調査人口によれば、逆転現象は二二通りあり、改正前の逆転現象の数と大差がないこと

② 平成二年国勢調査人口によれば、特例選挙区を除いた場合、人口比定数に基づく最大較差は一対2.84(高浜市選挙区対西尾市選挙区)であるところ、実際の最大較差は2.89(名古屋市中区選挙区対西尾市選挙区)に拡大していること

6 以上より、本件定数配分規定は、公選法一五条七項に違背しており、全体として違法であるので、違法な定数配分規定に基づき行なわれた本件選挙は無効である。

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